アパート取り壊し立ち退き料相場|老朽化理由だと相場が上がる大家都合のケースとは

築40年を超えたアパートを取り壊して建替えたい。そう考え始めた大家(オーナー)の方が、最初につまずくのが立ち退き料です。「アパート取り壊し立ち退き料相場」と検索しても、出てくるのは「家賃の6ヶ月分程度」という一行だけです。8戸なら総額いくら用意すべきなのかが見えてきません。
しかも、老朽化を理由にした取り壊しは、大家側の都合による立ち退きとして扱われます。家賃の6ヶ月分で足りるのか、それでは全く足りないのか。そこが分からないまま入居者に通知を出してしまい、交渉が半年以上こじれてしまうケースもあります。実際に入居者から拒否された経験のあるオーナー194人への調査では、拒否から合意までに4〜6ヶ月かかった方が34%、7ヶ月以上かかった方が45%という結果でした。
金額が読めないまま動けなくなるのは無理のないことです。立ち退き料には法律で定められた計算式がなく、同じ築年数・同じ家賃の物件でも、示し方ひとつで最終金額が2倍近く変わってしまうからです。実際、イエウール土地活用に直近2年間で寄せられた老朽化アパートの取り壊し・建替え相談のうち、立ち退き料の金額が確認できた約100件を集計すると、1戸あたりの支払額は45万円から210万円まで4倍以上の幅がありました。
この記事では、大家が「支払う側」として知っておくべき立ち退き料の相場を、老朽化度合い×家賃水準のケース別早見表で示します。あわせて、老朽化だけを理由にすると相場が上がってしまう仕組みと、拒否されたときのスケジュールへの影響も整理します。最後に、立ち退き料・解体費・建築費を合算した建替えの総費用感まで示します。読み終えたときには、自分の物件で用意すべき金額の目安と、建替えを進めるかどうかの一次判断の材料が手元に残るはずです。
埼玉県川口市(郊外)在住の60代・男性(2026年5月・イエウール土地活用へのご相談より)
「父から相続した木造アパートが築43年で、そろそろ建替えたいと考えています。入居者は8戸中6戸。立ち退き料は家賃6ヶ月分と聞いていたので1戸40万円くらいかと思っていたのですが、知り合いの大家に話したら『それでは絶対に揉める』と言われました。結局いくら用意しておけばいいのでしょうか。」
結論から言えば、立ち退き料は「家賃の何ヶ月分」という単一の目安では決まりません。同じ家賃6万円のアパートでも、1戸あたり50万円で収まるケースと、130万円まで膨らむケースが実際に併存しています。まずは自分の物件がどのレンジに入るのかを、早見表で確認してみてください。
アパート取り壊し立ち退き料相場は「家賃6ヶ月分」だけで判断すると痛い目を見る理由
立ち退き料に法律上の計算式はありません。借地借家法第28条は、大家からの解約に「正当事由」が必要だと定めているだけで、金額の決め方までは書かれていません。正当事由とは、大家が契約を終わらせたいと言える正当な理由のことです。立ち退き料は、その正当事由が足りない部分を金銭で補うためのお金だと考えると理解しやすくなります。
だからこそ、金額は「家賃の何ヶ月分」から逆算するのではなく、入居者が引っ越すために実際に必要となる費用を積み上げて決まります。ここを押さえておかないと、通知の段階で提示した金額が実費にも届いておらず、入居者から即座に拒否されるという展開になります。
▼立ち退き料の主な構成要素(家賃6万円・単身世帯のモデルケース)
| 構成要素 | 金額の目安 | 金額が動く条件 |
|---|---|---|
| 引越実費(単身・同一市内) | 6〜12万円 | 荷物量・繁忙期(3月・9月)は1.5倍前後 |
| 新居の初期費用(敷金・礼金・仲介手数料) | 25〜40万円 | 新居の家賃水準に連動。ここが最大の項目 |
| 家賃差額の補填(新旧家賃の差額×2年分が目安) | 12〜36万円 | 現在の家賃と転居先の家賃との差額が大きいほど増える |
| 迷惑料・慰謝料 | 10〜30万円 | 居住年数・高齢・要介護などの事情で増える |
| 造作買取・設備の残存価値 | 0〜20万円 | 入居者が設置した設備がある場合のみ |
※上記は2026年時点の首都圏近郊における賃貸初期費用・引越料金の市況を反映した積み上げ試算です。実際の金額は入居者の世帯構成、荷物量、転居先の家賃水準、居住年数により大きく変動します。※「家賃差額の補填」は、現在の家賃そのものを2年分支払うという意味ではなく、転居先の家賃相場と現在の家賃の差額分を2年分(24ヶ月)補償するという考え方です。たとえば現在の家賃6万円に対し転居先の相場が6.5万円前後であれば、差額5,000円×24ヶ月=12万円程度、相場が7.5万円前後まで上がる場合は差額1.5万円×24ヶ月=36万円程度になります。
この表を家賃6万円の物件で合計すると、下限でも53万円、上限では138万円になります。家賃6ヶ月分は36万円ですから、下限にすら届いていません。ここが「家賃6ヶ月分」という目安の一番危ない部分です。多くの大家の方は、6ヶ月分を上限だと受け取ってしまいますが、実務では下限にも足りない水準になっています。
一方で、立ち退き料を支払わずに済むケースもあります。ここを先に確認しておかないと、払う必要のない部屋にまで予算を組んでしまいます。まず、入居者から自発的に退去の申し出があった場合は、通常の解約として扱われるため立ち退き料は発生しません。次に、定期借家契約に切り替えてある区画は、期間の満了で契約が終わるため補償の対象になりません。さらに、家賃の滞納が続いている入居者については、契約違反として解除できる場合があり、立ち退き料の対象から外れることがあります。
実際の相談では、8戸のうち2戸から3戸がこのいずれかに当てはまることが珍しくありません。直近2年間にイエウール土地活用へ寄せられた老朽化アパートの取り壊し・建替え相談のうち、立ち退き料の金額が確認できた約100件を見ても、通知の前に入居者名簿を区画ごとに仕分けた方では、交渉が必要な戸数が当初の想定より2割前後少なくなっています。予算を組む前に、全戸を交渉対象と決めつけずに区画ごとに仕分けることが最初の一歩になります。
担当者
6ヶ月分が下限にも届かないのですね。では最初にいくらで提示すればよいのでしょうか。
提示額を決めるときは、まず入居者ごとに上の5項目を実額で埋めてみることです。世帯構成と居住年数が分かれば、金額はかなり具体的に見積もれます。逆に、全戸一律で「家賃6ヶ月分」と決めてしまうと、長く住んでいる入居者ほど不足感を強く持ち、交渉の入口でつまずきます。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私が相談を受ける際は、通知を出す前に入居者名簿へ2列だけ追記してもらいます。1列目は居住年数、2列目は世帯人数です。この2つで新居初期費用と迷惑料の水準がほぼ決まるため、居住年数15年以上の方には迷惑料を20万円以上、単身以外の世帯には引越実費を12万円以上と、先に上乗せ枠を確保するようお伝えしています。」
ここまでは積み上げの理屈の話です。では、実際に取り壊しを終えた大家はいくら払っているのでしょうか。理屈だけでは「うちは揉めないかもしれない」と考えたくなるため、実際の分布を確認しておく必要があります。
取り壊しが完了した大家が支払った立ち退き料が家賃の何ヶ月分だったかの分布
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は412人。対象は、直近5年以内に老朽化を理由とするアパート・賃貸住宅の取り壊しを完了し、入居者へ立ち退き料を支払った個人オーナー。「取り壊し完了後のオーナー」という条件は該当者が少なく、イエウール土地活用の相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「家賃7〜12ヶ月分相当」38%、「家賃13〜24ヶ月分相当」27%、「家賃6ヶ月分以下」23%、「家賃25ヶ月分以上」12%。1戸あたり支払額を退去時家賃で割った値を集計し、外れ値(上位・下位5%)は除外している。
【調査結果】家賃6ヶ月分以下で収まったのは4戸に1戸未満
イエウール土地活用が大手調査会社(専門調査機関)に委託して2026年3月に実施した独自アンケート調査(有効回答412人)では、実際に支払われた立ち退き料が家賃6ヶ月分以下だったケースは23%にとどまるという結果が得られています。最も多かったのは家賃7〜12ヶ月分相当の38%で、13〜24ヶ月分相当まで含めると65%が6ヶ月分を超えていました。
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は412人。対象は直近5年以内に老朽化を理由とするアパートの取り壊しを完了した個人オーナー。「取り壊し完了後のオーナー」は該当者が少なく相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「家賃7〜12ヶ月分相当」38%、「家賃13〜24ヶ月分相当」27%、「家賃6ヶ月分以下」23%、「家賃25ヶ月分以上」12%。
本記事で用いた独自調査の実施概要
| 調査主体 | イエウール土地活用 編集部(運営:株式会社Speee) |
| 実施機関 | インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施(社名は調査会社との取り決めにより非公開) |
| 調査手法 | 調査会社の保有モニターに対するスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでの、インターネットによる本調査(各項目単一回答) |
| 実施時期 | 2026年3月上旬〜中旬 |
| 対象条件と 有効回答数 | ①直近5年以内に老朽化を理由とするアパート・賃貸住宅の取り壊しを完了し、入居者へ立ち退き料を支払った個人オーナー:412人/②同期間に取り壊しに伴う立ち退き交渉を行い、通知時の理由を「建物の老朽化のみ」と回答した個人オーナー:268人/③同期間に立ち退き交渉で入居者から明確に拒否された経験のある個人オーナー:194人 |
| 集計方法 | 金額に関する設問は1戸あたり支払額(総支払額÷実際に立ち退いた戸数)を用い、外れ値(上位・下位5%)を除外して集計。構成比は小数第1位を四捨五入しているため、合計が100%にならない場合があります |
| 委託理由 | 「取り壊し完了後のオーナー」は該当者が少なく、イエウール土地活用の相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の専門調査機関に委託した調査で補完しています |
※本調査の設問文・単純集計表は、報道・研究目的での照会に応じてイエウール土地活用の相談窓口より提供しています。数値を引用される場合は出典として本記事URLの明記をお願いします。
担当者
同じ「取り壊し」なのに、6ヶ月分の人と24ヶ月分の人がいるのはなぜでしょうか。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私はこの差を『時間の値段』だと考えています。立ち退き料は補償の積み上げで決まりますが、交渉が長引くと、そこに時間を買い戻すための上乗せが乗ってきます。最初に低い金額で提示し、拒否されて2回3回と上げていくと、入居者側は『まだ上がる』と学習します。すると積み上げの実額とは無関係に、6ヶ月分が12ヶ月分、18ヶ月分へと伸びていきます。24ヶ月分を超えるケースの大半は、金額の性質ではなく交渉の進め方が原因です。」
この考え方を実際に体験した大家の事例を見てみましょう。このケースで確認してほしいのは、最初の提示額を低く設定したことで、最終的にいくら増えてしまったのかという点です。
この事例から読み取れるのは、立ち退き料は「値切って抑えるお金」ではなく「初回の精度で総額が決まるお金」だという点です。1回目の提示が実費に届いていないと、その後の増額はすべて交渉の遅れという形で跳ね返ってきます。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「この事例で決定的だったのは、居住22年の世帯を全戸一律の金額に含めてしまったことです。私は交渉順序を必ず『居住年数が最も長い世帯から』に変えてもらいます。最も条件の厳しい世帯と先に合意できれば、その金額が全戸の上限になり、他の世帯はその範囲内で収まります。逆に短期入居者から合意していくと、後半の世帯に上限がなくなります。」
ここは多くの方が逆に思い込んでいる点です。家賃が安いアパートなら立ち退き料も安く済む、と考えてしまいます。総額で見ればその通りですが、「家賃の何ヶ月分」という倍率で見ると、家賃が安い物件のほうが大きくなります。
この構造は、家賃を下げて空室を埋めてきた築古アパートで特に問題になります。家賃を1万円下げた分だけ、立ち退き料の倍率は上がっていきます。家賃を下げてしのぐという判断は、将来の取り壊し費用を先送りで増やす行為でもあります。この視点を持っておくと、修繕か建替えかの判断がしやすくなります。
直近2年間にイエウール土地活用へ寄せられた老朽化アパートの取り壊し・建替え相談のうち、立ち退き料の金額が確認できた約100件を集計すると、築35年を超える物件では現在の家賃が周辺相場を1万円以上下回っているケースが半数以上を占めています。この場合、家賃差額の補填が2年分で24万円以上になり、それだけで家賃6ヶ月分に近い金額が乗ります。1社の見積もりだけを見ていると、この部分が抜け落ちたまま予算を組んでしまいがちです。
逆に言えば、家賃が相場並みに維持できている物件は、立ち退き料の総額を抑えやすくなります。周辺の同スペック物件の家賃をあらかじめ調べておくことが、そのまま立ち退き料の見積もりにつながります。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「取り壊しを数年以内に考えているなら、私は空室が出た部屋の募集家賃を下げないようお伝えしています。目安として、周辺相場との差を5,000円以内に収めることです。差が1万円あると家賃差額補填が2年分で24万円増え、8戸なら約190万円の違いになります。空室のまま数ヶ月待つより、将来の立ち退き料を抑えるほうが金額としては大きくなります。」
【ケース別早見表】老朽化度合い×家賃水準で見るアパート取り壊し立ち退き料相場
老朽化度合い×家賃水準で見る1戸あたりの相場レンジ
立ち退き料の金額を実務上左右するのは、家賃水準と老朽化度合いの2つです。家賃水準は補償額そのものの大きさを決め、老朽化度合いは入居者の居住年数と正当事由の説明力を左右します。この2つを掛け合わせたのが次の早見表です。自分の物件がどのマスに入るかを確認してみてください。
▼老朽化度合い×家賃水準で見る立ち退き料の相場レンジ(1戸あたり・2026年目安)
| 1戸あたり家賃 | 軽度 (築25〜35年・修繕で継続可) |
中度 (築35〜45年・大規模修繕が必要) |
重度 (築45年超・耐震性に不安) |
|---|---|---|---|
| 5万円未満 | 45〜70万円 (家賃9〜14ヶ月分) |
55〜85万円 (家賃11〜17ヶ月分) |
65〜100万円 (家賃13〜20ヶ月分) |
| 5〜7万円未満 | 50〜80万円 (家賃8〜13ヶ月分) |
65〜105万円 (家賃11〜18ヶ月分) |
80〜125万円 (家賃13〜21ヶ月分) |
| 7〜10万円未満 | 60〜100万円 (家賃7〜12ヶ月分) |
80〜135万円 (家賃9〜16ヶ月分) |
100〜165万円 (家賃12〜19ヶ月分) |
| 10万円以上 | 75〜125万円 (家賃6〜10ヶ月分) |
100〜170万円 (家賃8〜14ヶ月分) |
125〜210万円 (家賃10〜17ヶ月分) |
※黄色のマスは、イエウール土地活用に寄せられる老朽化アパートの取り壊し相談で最も件数が多い帯です。
※算定根拠:直近2年間にイエウール土地活用へ寄せられた老朽化アパートの取り壊し・建替え相談のうち、立ち退き料の金額が確認できた約100件をもとに集計しています。家賃帯・老朽化度合いの各区分について、1戸あたり支払額(または合意額)の下位25%値を下限、上位25%値を上限としてレンジ化し、外れ値(上位・下位5%)は除外しています。あわせて、イエウール土地活用が調査会社に委託して実施したインターネットアンケート調査(回答者412人・2026年3月実施)の実支払額分布と突き合わせ、乖離が生じた区分は調査値側に寄せて補正しています。
※本表は目安であり、入居者の世帯構成・居住年数・健康状態、周辺の家賃相場、交渉の進め方などの個別事情により変動します。金額を確約するものではありません。
表を見て意外に感じた方が多いのではないでしょうか。老朽化が進んでいるほど、金額のレンジが下がるどころか上がっています。「建物が危ないのだから正当事由は強いはずで、立ち退き料は安く済む」という感覚とは逆の結果です。
理由は2つあります。1つは、築年数が長い建物には居住年数の長い入居者が集まっており、迷惑料・生活再建の補償が厚くなることです。もう1つは、老朽化が進んだ物件ほど家賃を下げて運用してきた経緯があり、周辺相場との家賃差額が大きくなっていることです。老朽化は正当事由を強める要素である一方で、補償額を押し上げる要素にもなります。
もう一点、早見表の使い方で気をつけたいことがあります。これは1戸あたりの金額なので、総額は戸数を掛けて考える必要があります。家賃6万円・築43年・8戸のアパートなら、65万円×8戸で520万円から、105万円×8戸で840万円が総額のレンジです。この320万円の幅が、そのまま建替え計画の不確実性になります。
担当者
レンジの幅が320万円もあると、予算はどちらに寄せて組むべきか迷ってしまいますね。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は必ず上限側で予算を組み、下限との差額を交渉予備費として別枠に置くようお伝えしています。手順は、上限額を建替え全体の資金計画に入れ、実際の合意額が下限に近づいた分だけ予備費を外構や設備のグレードに振り替えることです。下限で組むと、1戸増額しただけで資金計画の組み直しが必要になり、その間に交渉が止まります。」
ただ、この上限・下限のどちら側に着地するかは、早見表のマスだけでは決まりません。次の章で、レンジの中で上振れ・下振れを分ける3つの条件と、自分の物件に当てはめて総額を出す手順を確認してください。
早見表のレンジから上振れ・下振れする3つの条件
同じマスに入る物件でも、下限で収まる大家と上限を超える大家がいます。その差を生む条件は、実務上ほぼ3つに絞られます。自分に当てはまるかどうかを確認しながら読み進めてください。
- 居住20年以上の世帯がいるか
該当する場合、その世帯だけで1戸あたり30〜60万円の上振れになります。転居先探しの難易度が高く、高齢の入居者では保証会社の審査が通りにくいという事情も重なります。 - 店舗・事務所として使われている区画があるか
該当する場合、営業補償や顧客が離れることへの補償が加わり、住居部分の2〜4倍になります。1階が美容室や整体院になっている木造アパートでは、この1区画だけで総額が数百万円動きます。 - 現在の家賃が周辺相場を1万円以上下回っているか
該当する場合、家賃差額の補填が2年分で24万円以上になり、1戸あたり20〜35万円の上振れ要因になります。
逆に、下振れの条件はもっとシンプルです。定期借家契約(期間が満了すると更新なく終わる契約)に切り替えてある区画、入居2年未満の単身世帯、すでに転居を検討している入居者。この3つに当てはまる区画は、早見表の下限か、それを下回る金額で合意できることがあります。
もう一つ、早見表の金額とは別に確認しておきたいのが名義です。上記の約100件の相談記録では、相続で受け継いだ物件が大半を占め、そのうち名義が兄弟や親族の共有になっているケースが一定数含まれています。共有名義の建物を取り壊す場合、共有者全員の同意が必要になります。同意が取れないまま入居者に通知を出すと、後から「その通知は無効ではないか」という話になり、交渉をやり直すことになります。
相続の登記が終わっていない場合も同じです。名義が亡くなった親のままだと、解体の契約も建替えの融資も進められません。名義の整理には数ヶ月かかることがあるため、立ち退き交渉と並行して進めるのが現実的です。借地の上にアパートが建っている場合は、さらに地主の承諾が必要になります。この3つのどれかに当てはまる方は、金額の検討より先に名義と権利関係の確認から始めてください。
ここで大家の方が一番知りたいのは、では自分の物件は結局いくらの帯に着地するのか、という点です。実際に取り壊しを終えた方の支払額の分布を見ておきましょう。
取り壊しが完了した大家が支払った立ち退き料の1戸あたり金額の分布
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は412人。対象は直近5年以内に老朽化を理由とするアパート・賃貸住宅の取り壊しを完了し、入居者へ立ち退き料を支払った個人オーナー。「取り壊し完了後のオーナー」という条件は該当者が少なく、イエウール土地活用の相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「1戸50〜100万円未満」41%、「1戸100〜200万円未満」31%、「1戸50万円未満」14%、「1戸200万円以上」14%。1戸あたり支払額は総支払額を実際に立ち退いた戸数で割った値。
【調査結果】1戸50〜100万円未満が最多の41%、200万円以上も14%発生
イエウール土地活用が大手調査会社(専門調査機関)に委託して2026年3月に実施した独自アンケート調査(有効回答412人)では、1戸あたりの支払額は50〜100万円未満が41%と最も多いという結果が得られています。一方、200万円以上に達したケースも14%あり、7戸に1戸の割合で早見表の上限を超えています。上振れしたケースには、店舗区画の営業補償が絡んでいるか、居住20年以上の世帯が含まれている傾向がはっきり出ています。
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は412人。対象は直近5年以内に老朽化を理由とするアパートの取り壊しを完了した個人オーナー。「取り壊し完了後のオーナー」は該当者が少なく相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「1戸50〜100万円未満」41%、「1戸100〜200万円未満」31%、「1戸50万円未満」14%、「1戸200万円以上」14%。
担当者
200万円以上になる14%と、50万円未満で済む14%。この差はどこから来るのでしょうか。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私の見方では、この差は物件の条件よりも、退去の時間軸を大家が握れているかで決まります。自然退去を待てる期間が残っていれば、空いた部屋は募集を止めるだけで済み、立ち退き料はゼロです。逆に着工日が先に決まっていると、全戸を同じ期限に揃えなければならず、居住年数の長い世帯にも短期入居者と同じ期限を求めることになります。この期限のしわ寄せが200万円超の主因です。」
担当者
時間軸を握るというのは、具体的には何から始めればよいのでしょうか。
アドバイス
「私は建替えを決める前に、募集停止だけ先に始めるようお伝えしています。順序は3段階です。第1に、退去が出た部屋の再募集を止めて空室のまま置く。第2に、残った入居者の居住年数を確認し、長い順に並べる。第3に、建築プランの検討と並行して、期限を切らない形で意向を聞き始める。この順序なら、着工日を決める時点で交渉相手が2〜3戸まで減っており、1戸あたりの上乗せを抑えられます。」
この順序を実際に守った大家の事例を紹介します。このケースで確認してほしいのは、募集停止をいつ始めたかと、最終的な1戸あたり金額が早見表のどこに着地したかという点です。
この事例から読み取れるのは、立ち退き料を抑える最大のレバーは金額交渉ではなく、募集停止を先に始めて交渉相手の数を減らすことだという点です。逸失家賃という負担は増えますが、1戸あたりの上乗せを避けられる効果のほうが大きくなります。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「この事例で参考にしていただきたいのは、募集停止の判断を12ヶ月前倒しできたことです。私は逸失家賃と立ち退き料の損益分岐を、家賃の月数に換算して比べるようお伝えしています。1戸を空室のまま12ヶ月置く負担は家賃12ヶ月分です。その部屋の立ち退き料が12ヶ月分を超える見込みなら、募集停止が有利という判断になります。早見表で自分のマスの倍率を確認すれば、この判断はその場でできます。」
早見表の見方|自分の物件に当てはめて総額を出す3ステップ
早見表と上振れ・下振れの条件が分かったところで、自分の物件の数字に落とし込んでみましょう。必要なのは電卓と紙だけです。次の3ステップを順に書き出せば、自分の物件で用意すべき立ち退き料の総額が5分で出せます。
- ステップ1:早見表のマスを特定する
1戸あたり家賃(4区分)と老朽化度合い(3区分)を選び、該当するマスの下限と上限を書き出します。例:家賃6万円・築43年なら「65〜105万円」。 - ステップ2:交渉対象の戸数を掛ける
全戸数ではなく、自発的な退去申し出・定期借家契約・家賃滞納に該当する区画を除いた戸数を掛けます。例:交渉対象8戸なら520〜840万円。 - ステップ3:上振れ要因を戸単位で加算する
居住20年以上の世帯は1戸あたり+30〜60万円、店舗・事務所区画は住居部分の2〜4倍、周辺相場より家賃が1万円以上低い区画は1戸あたり+20〜35万円を上限側に足します。
書き出した数字を見るときは、総額の上限側を建替え計画の前提に置いてください。下限側で計画を組むと、1戸増額しただけで資金計画の組み直しが必要になります。上限で組んでおけば、交渉が想定より早く進んだ分を建物のグレードや外構に振り替えられます。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「書き出した金額は、そのまま建築会社との打ち合わせに持ち込んでください。私は相談者に、立ち退き料の上限額を建築会社へ最初に伝えるようお伝えしています。総事業費に立ち退き料が入っていないプランを並べても、返済計画の比較になりません。上限額を先に共有すると、戸数や設備仕様を調整して総額を合わせた提案が返ってきます。」
老朽化だけを理由にすると立ち退き料相場が上がる大家都合のケースとは
老朽化だけでは正当事由として弱いため立ち退き料で埋めることになる
ここが今回の記事で最も伝えたい部分です。老朽化を理由にした取り壊しは、大家の側に立てば当然の判断に見えます。ところが法律の枠組みでは、老朽化そのものが正当事由として認められる場面は限られています。
借地借家法第28条は、正当事由を総合的に判断すると定めています。判断の材料になるのは、建物の現況、大家と入居者それぞれが建物を必要とする事情、これまでの経過などです。つまり「築45年だから」という事実ひとつでは足りません。修繕すればまだ使えると判断される状態であれば、正当事由は弱いままです。
収益性を高めたいという理由は、それ単体では正当事由になりません。ここを誤解したまま「建替えて家賃を上げたいので出てほしい」と説明してしまうと、入居者側は「大家の都合だけの話だ」と受け取ります。正当事由が弱いと相手に伝わった時点から、立ち退き料の交渉は不利になります。
そして立ち退き料の性質を思い出してください。立ち退き料は、正当事由の足りない部分を金銭で補うためのお金です。だからこそ「老朽化だけを理由にする」という進め方は、補うべき部分を自分から広げてしまう選択になります。これが、早見表で老朽化の重度側ほど金額が上がっていた本当の理由です。
実際の交渉では、この差が金額として表に出ます。老朽化のみを理由に通知を出した場合、入居者側から「まだ住める」「修繕で足りるはずだ」という反論が返ってきます。反論に答える材料を大家が持っていないと、金額を積むしか進める手段がなくなります。
なお、正当事由の逐条的な解釈や過去の判例の読み方は、専門性が高く分量も多くなります。本記事では相場と建替え判断に必要な範囲にとどめますので、交渉文書の作り方まで踏み込みたい方は立ち退き料の計算方法と交渉の進め方を詳しく見るをご覧ください。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私が通知文の書き方で必ず直してもらうのは、理由の順序です。老朽化を先頭に書くと、それが唯一の理由に見えます。私は、第1に入居者の安全に関わる具体的な不具合、第2に修繕見積もりの金額と耐用年数の残り、第3に建替えという結論、この順で書くようお伝えしています。順序を変えるだけで、入居者からの反論の量が明らかに減ります。」
正当事由の説明力を上げる3つの資料と、その費用対効果
では、老朽化を理由にする以外に打てる手はあるのでしょうか。あります。正当事由の説明力は、資料の有無で変わります。しかもこの資料にかかる費用は、立ち退き料の差額に比べればごく小さい金額で収まります。
▼正当事由の説明力を上げる資料と費用の目安
| 資料 | 取得費用の目安 | 交渉で果たす役割 |
|---|---|---|
| 耐震診断書(木造2階建て・8戸規模) | 20〜40万円 | 「まだ住める」という反論に、数値(構造評点)で答えられる |
| 大規模修繕の見積書(複数社) | 0円(見積もりは無料) | 修繕で対応する案が現実的でないことを金額で示せる |
| 建物調査報告書(インスペクション) | 10〜20万円 | 給排水・外壁・基礎の劣化を第三者の記録として残せる |
※上記は2026年時点の木造アパート(延床70坪前後)を想定した費用目安です。建物規模・構造・依頼先により変動します。
3点すべてを揃えても30〜60万円です。早見表で見たとおり、立ち退き料は1戸あたり数十万円の幅で動きます。8戸のアパートで1戸あたり25万円の差が出れば、それだけで200万円です。資料代を惜しんで金額で埋める判断は、割に合いません。
ここで、老朽化のみを理由に交渉を進めた大家が、実際にどれくらい増額しているのかを見ておきましょう。
老朽化のみを理由に通知した大家の、最終合意額が当初提示額から何倍になったかの分布
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は268人。対象は、直近5年以内にアパートの取り壊しに伴う立ち退き交渉を行い、通知時の理由を「建物の老朽化のみ」と回答した個人オーナー。「老朽化のみを理由に通知した」という条件は該当者が限られ、イエウール土地活用の相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「当初提示額の1.5〜2倍に増額」38%、「当初提示額の1.5倍未満に増額」30%、「増額なしで合意」17%、「当初提示額の2倍以上に増額」15%。
【調査結果】老朽化のみを理由にした場合、53%が当初提示額の1.5倍以上になっている
イエウール土地活用が大手調査会社(専門調査機関)に委託して2026年3月に実施した独自アンケート調査(有効回答268人)では、通知時の理由を「建物の老朽化のみ」と説明した大家のうち、最終合意額が当初提示額の1.5倍以上になったケースが53%を占めるという結果が得られています。当初提示額のまま合意できたのは17%にとどまりました。
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は268人。対象は直近5年以内にアパートの取り壊しに伴う立ち退き交渉を行い、通知時の理由を「建物の老朽化のみ」と回答した個人オーナー。該当者が限られ相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「1.5〜2倍に増額」38%、「1.5倍未満に増額」30%、「増額なしで合意」17%、「2倍以上に増額」15%。
担当者
増額なしで合意できた17%の方は、何が違っていたのでしょうか。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私の理解では、増額が起きる仕組みは『反論に答えられない状態が続くこと』にあります。老朽化という言葉は主観的で、大家が危ないと感じている度合いと入居者が感じている度合いが一致しません。この認識のずれが埋まらないまま時間が経つと、交渉は金額の話にしかならなくなります。数値や第三者の記録が手元にある方は、ずれを短時間で埋められるため、金額を動かす必要がありません。」
担当者
認識のずれを埋めるために、具体的にはどの資料からそろえるとよいのでしょうか。
アドバイス
「私は順序として、修繕見積もりを一番先に取るようお伝えしています。費用がかからず、しかも交渉での効き方が最も大きいからです。基礎補強・外壁・屋根・給排水をまとめた見積もりが建物価値を上回っていれば、その一枚で修繕案は現実的でないと示せます。次に耐震診断書を取り、構造評点が0.7を下回る数値であれば、通知文に数値を明記します。この2点で、私が見てきた範囲では増額交渉の回数が半分程度に減っています。」
この助言どおりに資料をそろえてから通知を出した大家の事例です。このケースで確認してほしいのは、資料代としていくら使い、その結果として立ち退き料が早見表のどこに収まったかという点です。
この事例から読み取れるのは、立ち退き料を抑える投資として最も利回りが高いのは資料代だという点です。42万円の支出で270万円の差を作れた計算になり、他のどの節約手段よりも効率が良い結果になっています。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「この事例で見習っていただきたいのは、資料を1枚にまとめたことです。私は不具合の写真を3点、修繕見積額を1行、構造評点を1行、この構成でA4一枚に収めるようお伝えしています。分厚い報告書をそのまま渡すと読まれません。1枚に収めると入居者が家族に相談しやすくなり、判断が早まります。」
大家都合の退去として扱われると何が変わるか
取り壊しに伴う立ち退きは、法律上「大家都合の退去」として扱われます。この扱いになると、立ち退き料以外にも大家側の負担が発生します。ここを見落として予算を組むと、後から想定外の支出が出てきます。
- 解約の申し入れは、期間の定めのない契約なら6ヶ月前までに行う必要があります(借地借家法第27条)。定期借家契約の場合は期間満了で終了するため、この制約を受けません。
- 敷金は原則として全額返還し、原状回復費用の請求も行わないのが実務上の扱いです。8戸で敷金1ヶ月分なら約50万円、原状回復費を請求しない分でさらに数十万円の負担になります。
- 更新料の返還や、退去月の日割り家賃の免除を求められることも多く、1戸あたり数万円から10万円程度の追加が発生します。
この3つを合計すると、8戸のアパートで100万円前後になります。早見表で見た1戸あたりの金額には含まれていない部分なので、資金計画には別枠で入れておく必要があります。
もう一つ、支払った立ち退き料の税務上の扱いも気になるところです。建替えを前提とした立ち退き料は、原則として新しい建物の取得価額に含めて減価償却する扱いになり、支払った年に全額を経費にできるとは限りません。売却を前提とする場合や、更地にして貸す場合は扱いが変わります。判断が分かれる部分なので、経費として扱える費用の全体像はアパート経営で経費にできる費用で確認し、実際の申告は税理士に相談してください。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は敷金と原状回復を交渉材料として先に出すようお伝えしています。順序は、金額の話に入る前に『敷金は全額お返しし、室内の補修費もいただきません』と伝えることです。金額としては1戸5万円から10万円ですが、先に譲る姿勢を示せるため、その後の立ち退き料の交渉が1回で終わりやすくなります。後から出すと、値切りの材料として扱われます。」
立ち退きを拒否されたらアパート取り壊しの計画はどうなるか
拒否されても強制的に退去させることはできない
立ち退きを拒否されたとき、大家の側に強制力はありません。鍵を交換する、電気や水道を止める、荷物を運び出すといった行為はいずれも認められていません。実力で退去させれば、逆に損害賠償を請求される立場になります。
最終的な手段は建物明渡請求訴訟です。ただし、訴訟に進んだ場合も裁判所が判断するのは正当事由の有無であり、老朽化のみを理由にした場合は認められない可能性が残ります。前章で見たとおり、正当事由の説明力がそのまま結果に反映されます。
そして訴訟には時間がかかります。第一審で1年から1年半、控訴されればさらに1年前後です。弁護士費用は着手金と報酬を合わせて1戸あたり60万円から120万円が目安になります。訴訟で勝てたとしても、立ち退き料を上乗せして早期に合意したほうが安く済むケースが大半です。
入居者が弁護士を立ててきた場合の対応も押さえておきましょう。相手に代理人がついた時点で、大家が直接交渉することはできなくなります。ここで慌てて金額を上げる必要はありません。代理人がつくと、むしろ交渉の争点が「金額」に整理されるため、決着が早まることもあります。
ただし、大家側も代理人を立てないまま代理人と交渉するのは避けたほうがよいです。ここでもポータルとしての立場が役に立ちます。上記の約100件の相談記録には、交渉が動き出した段階で建替えプランの検討を一度止め、権利関係の整理を先に済ませてから戻ってきたという進め方の案件も含まれています。建築会社1社に相談しているだけだと、計画を止めるという判断そのものが出てきません。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は拒否された時点で、訴訟費用と上乗せ額を紙に並べて比べるようお伝えしています。手順は、第1に弁護士費用の見積もりを取る、第2に訴訟期間中の逸失家賃を月額で計算する、第3にその合計を戸数で割った金額を上乗せの上限として交渉に戻る、という3段階です。この金額を握っていると、感情ではなく数字で判断できます。」
1戸残るだけで発生する追加費用と期間の目安
ここが大家の方に最も知っておいてほしい部分です。立ち退きの費用は、拒否された1戸の立ち退き料だけでは終わりません。すでに退去した部屋が空室のまま止まるため、そこから家賃が入ってこない期間が延びていきます。
家賃6.8万円・8戸のアパートで7戸が退去済み、残り1戸が拒否している状態を考えてみます。合意が6ヶ月遅れると、7戸分の逸失家賃は6.8万円×7戸×6ヶ月で285万円です。拒否している1戸に60万円を上乗せして早期に合意できるなら、差額は225万円になります。
この計算をしないまま「値上げ要求には応じない」と構えてしまう方が少なくありません。立ち退き料は1戸あたりの金額だけを見ると高く感じますが、遅延による逸失家賃と並べると、上乗せしたほうが安いという結論になる場面が多くあります。
では、実際に拒否された大家は、そこからどれくらいの期間で合意に至っているのでしょうか。
立ち退きを拒否されてから合意に至るまでに要した期間の分布
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は194人。対象は、直近5年以内にアパートの取り壊しに伴う立ち退き交渉で、入居者から明確に拒否された経験のある個人オーナー。「拒否された経験がある」という条件は該当者が限られ、イエウール土地活用の相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「拒否から4〜6ヶ月」34%、「拒否から7〜12ヶ月」29%、「拒否から3ヶ月以内」21%、「拒否から13ヶ月以上」16%。期間は最初に拒否の意思を示された時点から退去の合意書を締結した時点まで。
【調査結果】拒否から合意まで45%が7ヶ月以上かかっている
イエウール土地活用が大手調査会社(専門調査機関)に委託して2026年3月に実施した独自アンケート調査(有効回答194人)では、拒否されてから合意までの期間は4〜6ヶ月が34%と最も多いという結果が得られています。7〜12ヶ月と13ヶ月以上を合わせると45%で、半数近くが半年を大きく超えています。家賃6.8万円・7戸空室の状態で7ヶ月止まれば、逸失家賃だけで330万円を超える計算になります。
※出典:イエウール土地活用(調査主体:イエウール土地活用編集部)が、インターネットリサーチを専業とする大手調査会社(専門調査機関)に委託して実施した独自アンケート調査。調査手法はスクリーニング設問で条件該当者を抽出したうえでのインターネット調査(各項目単一回答)、実施時期は2026年3月上旬〜中旬、有効回答数は194人。対象は直近5年以内にアパートの取り壊しに伴う立ち退き交渉で入居者から明確に拒否された経験のある個人オーナー。該当者が限られ相談記録のみでは十分なサンプル数を確保できないため、外部の調査会社に委託したアンケート調査で補完しています。回答の内訳は「4〜6ヶ月」34%、「7〜12ヶ月」29%、「3ヶ月以内」21%、「13ヶ月以上」16%。
担当者
3ヶ月以内に決着した21%と、13ヶ月以上かかった16%。何が違うのでしょうか。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私の経験では、拒否の理由が金額なのか生活なのかで期間がはっきり分かれます。金額が理由の拒否は、上乗せ額を一度で提示すれば数週間で決着します。長引くのは生活が理由の拒否です。転居先が見つからない、高齢で保証人がいない、子どもの学区を変えられないという事情は、お金では解けません。13ヶ月以上かかったケースは、この見分けをせずに金額だけを積み続けたものがほとんどです。」
担当者
生活が理由の拒否だと分かった場合、大家は具体的に何をすればよいのでしょうか。
アドバイス
「私は転居先を大家側から3件提示するようお伝えしています。手順は、第1に地元の管理会社に事情を伝えて候補を集める、第2に家賃・広さ・駅からの距離を現在の部屋と比べた表にする、第3に保証会社の審査が通る物件かを事前に確認しておく、という3段階です。私が関わったケースでは、この3件提示だけで金額を1円も動かさずに合意できた例が複数あります。金額よりも、次の住まいが決まる安心のほうが効きます。」
逆に、この見分けをせずに金額だけを積んでしまった大家の事例です。このケースで確認してほしいのは、拒否された1戸のために失った逸失家賃と、早期に上乗せした場合との差額です。
この事例から読み取れるのは、拒否されたときに真っ先にやるべきことは増額ではなく、拒否の理由を聞き取ることだという点です。理由が生活側にある場合、金額を積んでも進まず、時間だけが費用として積み上がります。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「この事例で注目していただきたいのは、拒否から増額までの間に一度も理由を聞いていない点です。私は拒否された翌週に、金額の話を一切せずに『どういう住まいなら移れそうか』だけを聞く場を作るようお伝えしています。この一手が抜けると、増額の回数と期間がそのまま費用になります。」
拒否されたときに大家が取れる3つの手
拒否された状態から抜け出す方法は、増額以外にもあります。実務で効きやすい順に3つ挙げます。いずれも、金額を積むよりも先に検討する価値があります。
-
1
拒否の理由を「金額」と「生活」に切り分ける拒否された翌週に、金額の話を出さずに面談の場を作ります。「いくらなら」ではなく「どういう住まいなら移れるか」だけを聞きます。金額が理由なら上乗せ額の一括提示で決着し、生活が理由なら次の対策に進みます。 -
2
転居先の候補を大家側から3件提示する地元の管理会社に事情を伝えて候補を集め、家賃・広さ・駅からの距離を現在の部屋と比べた表にします。高齢の入居者では、保証会社の審査が通る物件かを先に確認しておくことが決め手になります。 -
3
建替え計画そのものを組み替える余地を確認する敷地の一部だけを先に解体して着工する分割案、あるいは建替えではなく売却に切り替える案を、建築会社と不動産会社の両方に当ててみます。総費用と回収年数を比べたうえで、待つべきか切り替えるべきかを判断します。
3つ目の「計画そのものを組み替える」という選択肢は、1社の建築会社に相談しているだけでは出てきません。建築会社は建てる前提の提案をしますし、解体業者は解体の提案をします。分割着工や売却への切り替えという判断は、複数の選択肢を同じ場で比べられる状態でないと検討できません。
拒否されたときの実務的な進め方については、聞きにくい本音の疑問も含めて専門家に確認してみました。
拒否されたときのご相談は本当に多いです。今日は遠慮なく、聞きにくいところから伺ってください。
正直に言うと、居住26年の80代の方が1戸だけ残っています。この方が亡くなるまで待つしかないのでしょうか。こんなことを考えてしまう自分が嫌なのですが、他の大家さんも同じことを考えるものなのでしょうか。
その考えが頭に浮かぶ方は珍しくありません。ただ、待つ判断は経営としては最も危険です。木造の法定耐用年数22年を大きく超えた建物は、待っている間に雨漏りや給排水の破損が起き、修繕費が毎年出ていきます。私が実際に見てきた中では、3年待って修繕費が280万円出たケースがあります。待つことは無料ではありません。
待つのが危ないのは分かりました。では、その1戸にいくらまで上乗せしていいのか、金額の上限を知りたいです。感覚で決めるのが怖いのです。ちなみに退去済みは7戸で家賃は1戸6.8万円、残った1戸には今120万円を提示しています。
7戸が空室のままなら、1ヶ月止まるごとに47.6万円が失われます。6ヶ月止まれば285万円です。つまり現在の120万円に対して、上乗せの上限は285万円まで置けます。合計405万円までなら、待つよりも安いという計算です。私は相談者にこの数字を先に出し、そのうえで「200万円で決着させる」と目標を決めてから交渉に戻るようお伝えしています。
405万円という上限と、200万円という目標。この2つの数字が持てただけで気持ちが軽くなりました。相手を待つのではなく、自分で期限と金額を決めて動けそうです。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は上乗せの上限額を計算したら、その紙を必ず机の引き出しに入れておくようお伝えしています。交渉の場では相手の反応で気持ちが動きます。上限を先に決めて紙に書いておけば、その場の感情で上限を超えることも、逆に必要な上乗せをためらうこともなくなります。」
まとめ:拒否されたときの判断基準
- 拒否の理由が金額の方は → 上乗せ額を一括で提示して決着させる
- 拒否の理由が生活(転居先・保証審査・学区)の方は → 転居先3件の提示を先に行う
- 1戸だけが残り期間が読めない方は → 分割着工か売却への切り替えを含めて総費用を比べ直す
立ち退き料込みで考えるアパート取り壊し・建替えの総費用感
立ち退き料+解体費+建築費の総費用モデル
ここまでで立ち退き料の目安は持てました。ただ、大家が本当に判断したいのは「建替えを進めるべきか」です。そのためには立ち退き料を全体の中に置いて見る必要があります。木造8戸のアパートを10戸に建替えるモデルで並べてみます。
前提となる条件をはっきりさせておきます。既存建物は木造2階建て8戸(1K中心)・延床70坪(約231㎡)・築43年・1戸あたり家賃6万円で、敷地は120坪です。これを同じ敷地に木造2階建て10戸・延床95坪(約314㎡)で建替えると想定しています。つまり、立ち退き料は早見表の「家賃5〜7万円未満×中度(築35〜45年)」のマス(1戸65〜105万円)に交渉対象8戸を掛けた金額、解体費は既存の延床70坪、建築費は新築の延床95坪に対して算出した数字です。総額1億1,035〜1億2,460万円という金額は、この8戸・延床70坪→10戸・延床95坪という前提の上に成り立っています。戸数や延床面積が変われば総額も比例して動くため、自分の物件の戸数・延床面積に置き換えて読み進めてください。
▼木造アパート8戸(延床70坪)を10戸(延床95坪)に建替える場合の総費用モデル(家賃6万円・築43年・敷地120坪)
| 費用項目 | 金額レンジ | 算出の考え方 |
|---|---|---|
| 立ち退き料(8戸) | 520〜840万円 | 早見表の家賃5〜7万円未満×中度(1戸65〜105万円)×8戸。全8戸が交渉対象になる前提の上限値 |
| 解体費(木造・延床70坪) | 315〜420万円 | 坪4.5〜6.0万円。残置物処分・アスベスト事前調査を含む |
| 建築費(木造10戸・延床95坪) | 9,500〜10,500万円 | 坪100〜110万円。総費用の8割以上を占める最大項目 |
| 諸費用(設計・登記・保険・融資関連) | 700万円前後 | 建築費の約7% |
| 総額 | 11,035〜12,460万円 | 中位で約1億1,700万円 |
| 建替え後の想定家賃収入(年) | 960万円 | 1戸8.0万円×10戸×12ヶ月(新築時の満室想定)。現行家賃6万円に新築プレミアムを乗せた水準 |
| 表面利回り | 約8.2% | 経費を引く前の、年間家賃収入÷総額で出した収益の割合 |
※建築費の坪単価は国土交通省「建築着工統計調査 住宅着工統計」の木造長屋建・共同住宅の工事費予定額をもとに、2026年の市況水準へ換算してイエウール編集部が作成しています。建築工事届に記載された工事費予定額から算出した坪単価であり、実際の工事費とは乖離がある場合があります。
※上記は周辺の家賃相場および木造建築費の市況(2026年時点)を反映したシミュレーションです。実際の建築費は、前面道路の幅員、地盤改良工事の有無、建材・設備のグレード等により大きく変動します。想定家賃収入は新築時の満室想定であり、将来の空室リスクや管理費用、固定資産税等の経費は考慮されていません。
この表の立ち退き料520〜840万円は、入居中の8戸すべてが交渉対象になるという最も厳しいケースを前提にした上限値です。前のH2「早見表の見方」で確認したとおり、実際に早見表へ掛けるのは全戸数ではなく、自発的な退去の申し出・定期借家契約・家賃滞納に該当する区画を除いた「交渉対象の戸数」です。相談の現場では8戸のうち2戸から3戸がこのいずれかに当てはまることが珍しくなく、交渉が必要な戸数は当初の想定より2割前後少なくなっています。仮に交渉対象が6戸なら390〜630万円となり、総費用も同じだけ下振れします。予算は上限値で組み、区画の仕分けができた段階で下方修正していく順序が安全です。
建替え後の想定家賃を1戸8.0万円としているのは、新築時に生まれる家賃の上乗せ分(新築プレミアム)を織り込んでいるためです。現行の6万円は築43年・設備も当時の水準という条件での家賃であり、同じ立地で新築・現行の設備仕様に更新した部屋であれば、募集家賃は現行より2〜3割高い水準に設定されるケースが多くなります。この記事の早見表で「老朽化が進んだ物件ほど周辺相場との家賃差額が大きい」という構造を示したのと同じ理由で、築年数と設備水準の差がそのまま家賃差として表れるからです。ただし新築プレミアムは築年数の経過とともに薄れていくため、8.0万円は新築当初の水準であり、10年後・20年後も同額で貸せる前提ではない点に注意してください。周辺の新築物件の募集家賃を先に調べておくと、この上乗せ幅が自分の立地で何割になるかを確かめられます。
現在の収入と比べてみましょう。家賃6万円・8戸で入居率が7割程度なら、年間の家賃収入は約403万円です。建替え後の960万円との差は年557万円になります。総額1億1,700万円を家賃の増加分だけで回収するには21年程度かかる計算です。木造の法定耐用年数(税務上、建物の価値がゼロになるまでの年数)が22年なので、ほぼ同じ長さになります。
この21年は「建築費が坪100〜110万円だった場合」の数字です。建築費は総費用の8割以上を占めるため、ここが1割違うだけで回収年数は2年以上動きます。つまり、総費用モデルの数字は自分の土地条件と建築会社の提案によって上下し、回収年数もそれに連動して動きます。以降の章では、支出のタイミング・立ち退き料が占める比率・売却や保有継続との比較を順に見ていきます。
解体費についても内訳を押さえておきましょう。木造アパートの解体は坪4.5万円から6.0万円が目安ですが、この金額に含まれない支出が3つあります。1つは入居者が残していった家具や家電の処分費で、8戸なら30万円から60万円かかります。2つ目は2022年4月の大気汚染防止法改正で義務化された着工前のアスベスト事前調査で、10万円から20万円が目安です。3つ目は前面道路が狭く重機が入れない場合の手作業による割増で、坪単価が1.5倍程度になることがあります。
この3点は見積もりの段階で明記されていないことが多く、着工後に追加で請求される原因になります。解体業者に見積もりを依頼するときは、残置物の処分・アスベスト調査・重機の進入可否の3点を含めた金額かどうかを必ず確認してください。より詳しい坪単価の考え方と業者選びの基準はアパートの解体費用の相場と解体業者の探し方・選ぶポイントで確認できます。
この21年という数字をどう受け取るかが、建替え判断の入口です。長いと感じる方は、後述する「立ち退き料以外の変動幅」を確認してから判断してください。回収年数は総額次第で大きく動きます。より詳しい費用の内訳はアパート経営初期費用とアパート建築費4000万円の記事も参考になります。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は総費用を出したら、必ず1枚の表に3つの数字を並べるようお伝えしています。総額、建替え後の年間家賃収入、そして現在の年間家賃収入です。この3つが同じ紙に並んでいないと、金額の大きさだけに驚いて判断が止まります。差額で何年で回収できるかを先に出し、そのうえで戸数や仕様を調整する順序が実務的です。」
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通知から完成までのスケジュールと支出のタイミング
総額が見えたら、次に気になるのは「いつからいくら必要になるか」です。立ち退き料は建替えローンに含められないことが多く、自己資金で先に用意する必要があります。ここを見落とすと、金額は足りているのに払うタイミングで資金が回らないという事態が起きます。立ち退きの流れと支出の時期を一覧にしておきます。
▼通知から新築完成までの標準的なスケジュールと支出のタイミング(木造8戸のモデル)
| 時期 | やること | この時期の支出 |
|---|---|---|
| 0〜3ヶ月目 | 募集停止、名義・権利関係の確認、修繕見積もりと耐震診断の取得、建替えプランの比較 | 資料代30〜60万円 |
| 3〜4ヶ月目 | 通知(解約の申し入れは6ヶ月前までに行う)、居住年数の長い世帯から個別説明 | なし |
| 4〜10ヶ月目 | 交渉、合意書の締結、順次退去 | 立ち退き料 520〜840万円(合意時に2〜3割、明け渡し時に残額) |
| 10〜12ヶ月目 | 全戸退去の確認、解体業者の選定、アスベスト事前調査、解体着工 | 解体費 315〜420万円 |
| 12〜14ヶ月目 | 建築確認申請、融資の実行、新築着工 | 建築費の着手金(総額の1〜3割)と諸費用 |
| 20〜24ヶ月目 | 竣工、入居募集開始 | 建築費の残金 |
※上記は交渉が拒否なく進んだ場合の目安です。1戸でも拒否されると、4〜10ヶ月目の期間が3ヶ月から13ヶ月以上延びます。
この表で押さえてほしいのは、立ち退き料の支出が解体費・建築費より先に来るという点です。融資が実行されるのは新築の着工前後なので、それまでの資料代・立ち退き料・解体費は自己資金で立て替えることになります。8戸のモデルなら、着工前に900万円から1,300万円を用意しておく必要があります。
もう一点、家賃収入が入らない期間の長さも見ておいてください。最初の退去から竣工までは2年前後あり、その間の家賃はゼロに近づいていきます。年間400万円台の家賃収入があった物件なら、2年で800万円前後の減収です。この期間の生活費や固定資産税の支払いをどう回すかを、資金計画に含めておく必要があります。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は着工前に必要な自己資金を、立ち退き料の上限額+解体費の上限額+100万円という式でお伝えしています。100万円は資料代と想定外の追加分の枠です。この金額が手元にない段階で通知を出すと、合意したのに払えないという最悪の展開になります。手元資金が足りない場合は、募集停止を長めに取って自然退去を待つ計画に切り替えるようお伝えしています。」
立ち退き料は総費用の約6%。見るべきはもっと大きな差
総費用モデルをもう一度見てください。立ち退き料の中位680万円は、総額1億1,700万円のうち約6%です。ここが今回の記事で一番お伝えしたい視点です。多くの大家の方は立ち退き料の金額に神経を集中させますが、金額として大きく動くのは別の項目です。
一般的なイメージでは「立ち退き料をいくら値切れるか」が建替えの採算を左右すると考えます。しかし実態は、建築費の坪単価が1社あたり8万円違うだけで、延床95坪では760万円の差になります。これは立ち退き料の中位680万円を上回る金額です。理由は、立ち退き料が総費用の6%にすぎない一方で、建築費が8割以上を占めているからです。1%の違いが効く項目に力を注ぐほうが、金額としてはるかに大きく返ってきます。
イエウール土地活用では複数の建築会社・解体会社と提携しており、同じ土地条件で複数社のプランを並べていただくことができます。同じ木造10戸の計画でも、会社によって坪単価だけでなく戸数の取り方や設備仕様の考え方が違います。1社の見積もりだけでは、その差が存在することにすら気づけません。
ここで、立ち退き料込みの総費用を把握した大家が、最終的にどの選択をしたのかを見ておきましょう。
立ち退き料込みの総費用を確認した大家が最終的に選んだ出口の内訳
※直近2年間にイエウール土地活用へ寄せられた老朽化アパートの取り壊し・建替え相談のうち、立ち退き料を含む総費用の試算まで進み、その後の進捗が確認できた約100件の相談記録を分析しています。回答の内訳は「建替えて賃貸住宅を新築」43%、「土地を売却」26%、「解体して駐車場等に転用」19%、「修繕して保有を継続」12%。外れ値(判断保留のまま2年以上進捗のない案件)は除外しています。
【調査結果】総費用を確認すると、建替え以外を選ぶ大家が57%
イエウール土地活用が自社の相談記録約100件を集計した結果では、立ち退き料込みの総費用を試算した後に建替えを選んだのは43%でした。残る57%は売却・駐車場等への転用・保有継続という別の出口を選んでいます。立ち退き料の金額そのものよりも、総費用と回収年数を並べて見たことが選択の分岐点になっています。
※出典:イエウール土地活用の自社集計。直近2年間に寄せられた老朽化アパートの取り壊し・建替え相談のうち、立ち退き料を含む総費用の試算まで進み、その後の進捗が確認できた約100件の相談記録を集計しています。回答の内訳は「建替えて賃貸住宅を新築」43%、「土地を売却」26%、「解体して駐車場等に転用」19%、「修繕して保有を継続」12%。
担当者
建替えを選ぶ方が半数に届かないのは意外でした。この差はどこから生まれるのでしょうか。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「分岐点になるのは、私の見方では回収年数と自分の年齢の関係です。回収に20年以上かかる計画を60代で始めると、完済前に相続が発生します。相続人が引き継げる状態かどうかが問題になり、そこで売却へ切り替える方が出てきます。逆に、敷地の容積率に余裕があって戸数を増やせる土地なら、回収年数が15年前後まで縮み、建替えの判断がしやすくなります。土地の条件を確認することが最初の分かれ道です。」
では、回収年数を縮めるために大家は具体的にどう動けばよいのでしょうか。ここは提案を依頼するときの手順そのものが結果を左右します。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は3社以上に同じ条件で提案を出させるようお伝えしています。手順は3つです。第1に、立ち退き料の上限額と敷地面積・建ぺい率・容積率を全社に同じ紙で渡す。第2に、坪単価ではなく総事業費と想定家賃収入をそろえた形で提出してもらう。第3に、回収年数を自分で計算して並べる。この方法で坪単価に8万円前後の差が出ることは珍しくなく、95坪なら760万円の違いになります。」
この手順どおりに3社を比べた大家の事例です。このケースで確認してほしいのは、立ち退き料の金額よりも建築費の差のほうが大きかったという点です。
この事例から読み取れるのは、立ち退き料を抑える努力と建替えプランを比べる努力では、金額の桁が違うという点です。立ち退き料は総費用の6%、建築費は8割以上。力を注ぐ順番を間違えないことが、建替えの採算を最も大きく左右します。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「この事例で最も効いたのは、立ち退き料の概算を先に出してから提案を依頼した点です。私は総事業費に立ち退き料を含めた形で提出させるようお伝えしています。含めない形式だと、後から立ち退き料が乗った瞬間に返済比率が変わり、選んだプランが成立しなくなることがあります。」
建替え・売却・保有継続を同じ土俵で比べる
建替えを選ばなかった57%の方が何を比べたのかを整理しておきます。ここで大切なのは、何もしないという選択にも費用が発生しているという点です。築43年のアパートを保有し続ける場合、修繕費と空室による減収が毎年発生します。
▼3つの出口を10年間の収支で比べる(家賃6万円・8戸・築43年のモデル)
| 選択肢 | 初期の支出 | 10年間の収支見込み | 向いている大家 |
|---|---|---|---|
| 建替えて新築する | 1億1,700万円 | 家賃収入9,600万円/返済・経費を差し引き手残り約1,500万円 | 容積率に余裕があり、回収年数が20年以内に収まる土地の方 |
| 立ち退き後に土地を売却する | 1,030万円(立ち退き料+解体費) | 売却代金が一括で入り、以後の支出はゼロ | 相続を近く控えている方、資金を他に回したい方 |
| 修繕して保有を継続する | 3,200万円(大規模修繕) | 家賃収入4,030万円/修繕費・空室増で手残りは目減りしやすい | 耐震性に問題がなく、修繕後15年以上使える建物の方 |
※上記は本記事の総費用モデル(家賃6万円・8戸・築43年・敷地120坪)を前提とした10年間のシミュレーションです。家賃収入は入居率7割(年約403万円)を前提に算出しています。売却代金は立地・地価により大きく変動するため金額を記載していません。実際の収支は空室率・金利・修繕の実績により変わります。
この表を見て気づいてほしいのは、修繕して保有を継続する案の初期支出3,200万円が、決して安くはないという点です。3,200万円を投じても、建物は築43年のままで家賃も上がりません。何もしないという判断が最も安いという思い込みは、金額で確認すると崩れます。
そして、この3つを同じ土俵で比べられる立場は限られています。建築会社は建替えを、解体業者は解体を、不動産会社は売却を提案します。Speeeは土地活用・売却・リフォームの各サービスを同一グループ内で運営しており、直近2年間に寄せられた前掲の約100件でも、建替え43%・売却26%・駐車場等への転用19%・保有継続12%と、4つの出口すべてに相談が分かれています。1つの出口に偏らない実績があるため、建替えるべきか売るべきかという一段上の問いから相談していただけます。判断軸をもう少し詳しく確認したい方は土地活用の選び方と建て替え・リフォーム・売却の選び方もあわせてご覧ください。
アドバイス
石川 龍明(アパートメントクリエーター・賃貸経営リスクコンサルタント)
「私は3つの案を比べるとき、必ず同じ10年という期間で並べるようお伝えしています。順序は、第1に各案の初期支出を書く、第2に10年後の手残りを書く、第3に10年後に建物が何歳になっているかを書く、という3段階です。3つ目を書くと、修繕案では10年後に築53年になることが見えてきます。この一行があるだけで判断が変わる方が多くいらっしゃいます。」
まとめ:立ち退き料込みの総費用から見た出口の選び方
- 容積率に余裕があり戸数を増やせる土地の方は → 建替え(回収年数が15〜20年に収まりやすい)
- 相続が近い、または資金を他に回したい方は → 立ち退き後に売却
- 耐震性に問題がなく修繕後15年以上使える方は → 修繕して保有継続
- どの案が有利か判断がつかない方は → 3案の総費用と10年後の手残りを同じ紙に並べてから決める
アパート取り壊しの立ち退き料に関するよくある質問
本文で触れきれなかった疑問を3つに絞って回答します。いずれも相談窓口で繰り返し寄せられる質問です。
Q1. 支払った立ち退き料は経費(損金)にできますか
支払った年に全額を経費にできるとは限りません。取り壊し後に何をするかで扱いが変わり、建替えを前提に支払った場合は原則として新しい建物の取得価額に含めて減価償却します。詳細は次の3パターンに分かれます。
- 建替えのために支払った場合:新しい建物の取得価額に含め、耐用年数にわたって減価償却する
- 土地を売却するために支払った場合:譲渡所得を計算する際の譲渡費用として扱う
- 更地にして貸し出す場合:その年の必要経費として扱える場合がある
金額が大きく判断が分かれる部分なので、アパート経営で経費にできる費用で経費の考え方を確認したうえで、実際の申告は税理士に相談してください。
Q2. 立ち退きを拒否されてから実際に退去するまでどれくらいかかりますか
イエウール土地活用が大手調査会社(専門調査機関)に委託して2026年3月に実施した独自アンケート調査(有効回答194人)では、拒否から合意までの期間は4〜6ヶ月が34%と最も多く、7ヶ月以上かかったケースが45%という結果が得られています。合意後の実際の退去までは、通常さらに1〜3ヶ月かかります。訴訟に進んだ場合は第一審で1年から1年半が目安になります。期間を短くしたい場合は、増額よりも先に拒否の理由を金額と生活のどちらなのか切り分けることが有効です。
Q3. 立ち退き料はいつ受け取れるのですか(入居者側の疑問)
実務では、退去の合意書を取り交わした時点で一部(2〜3割)を支払い、鍵の返却と室内の明け渡しが完了した時点で残額を支払う分割の形が一般的です。全額を前払いすると退去が進まないおそれがあり、全額を後払いにすると入居者が新居の初期費用を払えないという問題が生じるためです。大家の側からは、合意書に支払時期と金額を明記しておくことが揉めごとを防ぐうえで重要になります。支払時期を含めた立ち退き料の全体像は立ち退き料はいくら?ケース別の計算方法と相場で確認できます。
まとめ:立ち退き料の目安を持ったら、次は総費用で比べる
アパート取り壊しの立ち退き料相場は、「家賃6ヶ月分」という単一の目安では判断できません。実際に支払われた金額の分布では、6ヶ月分以下で収まったのは23%にとどまり、最も多いのは7〜12ヶ月分相当でした。まずは早見表で自分の物件のマスを特定し、1戸あたりのレンジに戸数を掛けた総額を持つことが出発点になります。
そして老朽化だけを理由にすると、正当事由の説明力が弱いまま交渉に入ることになり、金額が上振れします。修繕見積もりと耐震診断という30〜60万円の資料で、数百万円の差を作れる場面があります。拒否されたときは増額を急ぐのではなく、理由を金額と生活のどちらなのか切り分けることが先です。
最後にもう一度お伝えしたいのは、立ち退き料が総費用の約6%にすぎないという事実です。建築費は8割以上を占め、同じ条件で3社に提案を出させれば数百万円の差が見えてきます。立ち退き料を値切る努力よりも、総費用で比べる努力のほうが桁違いに効きます。
- 早見表で自分のマスを特定し、1戸あたりレンジ×戸数で総額を出す
上限側の金額を資金計画の前提に置き、下限との差額は交渉予備費として別枠に確保します。 - 修繕見積もりを3社から無料で取り、耐震診断の実施を検討する
通知を出す前にこの2点をそろえると、増額交渉の回数を抑えられます。 - 退去が出た部屋の再募集を止め、残る入居者を居住年数の長い順に並べる
着工日を決める前に始めることで、交渉相手の数を減らせます。 - 立ち退き料の上限額を伝えたうえで、3社以上に総事業費で提案を依頼する
建築費・回収年数・想定家賃収入を同じ形式で並べて比べます。
相談先の選び方に迷ったときは土地活用の相談先もご覧ください。建替えを前提にせず、売却や保有継続も含めて中立に比べたいという段階からご相談いただけます。